ドリームタイム
読み: どりーむたいむ
カテゴリ: スピリチュアル用語
ドリームタイムという言葉が生まれた経緯
ドリームタイムは、オーストラリア先住民の世界観をさして英語圏で使われてきた言葉です。祖先の精霊が大地を歩き、地形や動植物、人の従うべき掟を形づくったとされる原初の時代を指します。そしてその時代は過去に閉じた出来事ではなく、儀式や歌、聖地とのかかわりを通じて触れられる次元として語られる、という説明が広く紹介されてきました。
ただし「ドリームタイム」という語そのものは、先住民の言語の語ではありません。アリススプリングスの郵便電信局長で民族誌の記録も残したフランシス・ギレンが 1896 年の報告で用い、共同研究者のウォルター・ボールドウィン・スペンサーがそれを引き継いだ訳語です。二人は 1899 年の共著 Native Tribes of Central Australia で、アレンテ語の Alcheringa を「その部族のもっとも古い伝承が扱う遠い過去の呼び名」と説明し、のちの著作で「夢の時代」という訳を当てました。この訳語には批判があり、alchera (夢) との語源的なつながりに寄りかかった限られた地域にしか通じない訳で、原語の意味の中心をとらえていない、と言語学の側から指摘されています。オーストラリア先住民は多数の言語集団からなり、呼び名も語られる内容も地域によって異なりますから、ひとつの統一された教義としてまとめられるものではない、という点は先におさえておきたいところです。
歌の道として大地に結びつけて語られる物語
ドリームタイムの物語は、「ソングライン」(歌の道) として大地に結びつけて語られます。祖先の精霊がたどったとされる経路が聖なる道となり、その道筋に沿って歌をうたうことが土地とかかわる務めとして説明されてきました。民族誌の記述では、こうした歌が道順や水場の位置を思い出す手がかりとして働き、同時に土地の扱いや守るべき決まりを次の世代へ渡す形式にもなっている、と報告されています。
英語圏でこの語が広く知られるようになったきっかけの一つは、ブルース・チャトウィンの旅行記『ソングライン』(1987 年) です。ただしこれは訪問者の側から書かれた記述であり、当事者による説明ではありません。土地の歌については、誰が語ってよいかが定められている場合があり、外部に公開されている記述はその一部にとどまります。ですから、まとまった体系として理解できたと考えるより、外から見えている範囲は限られていると前提するほうが実際に近いです。
夢と覚醒をどこで分けるかという問い
西洋近代の学問では、覚醒しているあいだの経験を現実、夢を非現実として分けるのが前提になってきました。これに対して、先住民の世界観の紹介では、夢で経験されたことも土地や掟と地続きの出来事として扱われる、という記述が繰り返し現れます。ここで読みどころになるのは、どちらが本当の現実かを決めることではなく、経験をどこで区切るかという前提そのものが文化によって違うという点です。
この話を、ユングの集合的無意識のような別の枠組みと重ねて説明する文章を見かけますが、二つは成り立ちも根拠も別のもので、片方がもう片方を裏づけるわけではありません。まして観測をめぐる物理学の議論と結びつける論じ方には根拠がありません。夢を脳の活動として調べることと、夢を土地や共同体との関係のなかで扱うことは、同じ対象を別の問いから見ているだけで、どちらか一方を選ばなければならないものではありません。
夢日記に場所を書き添えるという読み方
ここから先は先住民の教えの紹介ではなく、この考え方に触れて自分の夢の見方をどう広げるかという当サイトの立場です。文化的な文脈から切り離して儀式や聖地の要素を借りることは、文化の盗用として批判されてきました。当サイトが借りるのは、夢を個人の頭の中だけで完結させず、場所とのかかわりのなかで見るという視点だけにとどめます。
具体的な手がかりは、夢日記に場所を書き添えることです。夢の中でいた場所、そのとき実際に眠っていた場所、旅先で見た夢か自宅で見た夢か。この三つを一行ずつ足しておくだけで、あとから見返したときに気づけることが変わります。特定の場所で見た夢に同じ主題が繰り返し出てくる、引っ越しの前後で夢の舞台が入れ替わる、といった手がかりは、内容だけを書き留めていると拾えません。もう一つは、夢を解くべき問題として扱うのをいったん止めて、その場所にもう一度立ってみる時間をとることです。夢の中の風景を思い出しながら、そこで何が見え、何が聞こえ、足元がどうだったかを書き出すと、意味づけを急ぐより先に、その夢が何を扱っていたのかが立ち上がってくることがあります。
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