同じ顔のまま少し遠くにいる人
認知症の夢は、親や祖父母など身近な人が、自分のことや暮らしの段取りを思い出せなくなっていく姿を見る夢です。体はすぐそばにあるのに、一緒に過ごしてきた時間の一部が、相手の中から少しずつ離れていくように描かれます。この夢で前に出るのは、病そのものではなく、関係の手触りが変わっていくことへの戸惑いのほうです。
久しぶりに実家へ帰ると、父が玄関で靴を脱ぎながら、先週の電話で話したはずの旅行の話を、もう一度初めから聞かせてくれます。聞き覚えのある話に相づちを打ちながら感じるのは、胸の奥の小さな引っかかりです。認知症の夢は、こうした引っかかりや、家族が年を重ねていく様子を見つめる気持ちを、夢の場面として描き出します。名前を呼ばれないまま終わる夢でも、肩に置かれた相手の手の温かさは、確かなものとして伝わってきます。
夢に出てくる家族の変化
- 親が認知症になる - 親が、いつもの台所で、鍋の火を止めたかどうかを何度も確かめています。頼ってきた親の手際が揺らぐ場面には、支える役目がいずれ自分の側へ移ってくるという予感が重なります。
- 母が認知症になる - あなたの好物を作ろうとした母の手が、途中で止まったままです。母の手料理が途切れる場面は、長い間受け取ってきた世話の重みと結び付いています。
- 父が認知症になる - 父が、通い慣れた道の角で立ち止まり、帰る方向を尋ねてきます。道に迷う父の背中は、いつも前を歩いていた人と並ぶ位置が入れ替わる戸惑いを運んできます。
- 祖母が認知症になる - 昔の話を続ける祖母があなたを呼ぶ名前は、母の名前です。呼び名の取り違えは、祖母の中で何十年分の時間が一つに重なっていることを描き、家族の歴史の長さを夢に持ち込みます。
- おばあちゃんに忘れられる - おばあちゃんが、あなたの顔を見て、どちら様ですかと穏やかに尋ねます。覚えていてくれた人の記憶から外れる怖さが、その穏やかな声との落差で強く表れます。
- 祖父が認知症になる - 祖父が身支度をして向かおうとしているのは、もう辞めたはずの仕事です。祖父が戻ろうとする職場は、祖父の誇りを支えてきた時間を指し、夢の中ではその時間への敬意と寂しさが同じ場面に入ります。
- 亡くなった祖母が認知症の姿で出てくる - 亡くなった祖母が、晩年の姿のまま縁側に座っています。亡くなる前の数年の記憶が夢に戻ってくるのは、まだ言葉にしきれていない見送りの気持ちと結び付いています。
- 亡くなった祖父が認知症の姿で出てくる - 施設の部屋で窓の外を眺めているのは、亡くなった祖父です。会いに行けなかった日や、もっと話したかった言葉が、施設の窓という一点に重なります。
- 知らない人が認知症になっている - 見覚えのない年配の人が、駅のベンチで行き先を思い出せずに座っています。名前も知らない人の姿には、特定の誰かに向けては口にしにくい、老いへの漠然とした不安が託されています。
- 自分が認知症になる - 鍵の置き場所も今日の予定も思い出せずに部屋の中を歩き回っているのは、夢の中の自分です。抜け落ちていく予定の数は、増えていく用事と結び付いています。
- 介護する - 親の食事を手伝い、着替えのボタンを一つずつ留めていきます。ボタンを留める手の動きには、世話を受ける側から世話をする側へ移る役目の重さが描かれます。
- いなくなった母を探し歩く - 夕方、近所の通りを一軒ずつ回って探しているのは、家から出ていった母です。探し歩く道のりには、大切な人を見失う怖さと、その人の居場所を守りたい願いが重なります。
忘れるのは名前だけではない
病気になる夢は、自分の体が弱って寝込む場面を通して、役目を降りたい気持ちと休めない気持ちの綱引きを描きます。認知症の夢で弱っていくのは体よりも、相手と分け合ってきた記憶のほうで、目が向くのは自分の休息ではなく関係の行方です。名前を忘れる夢が自分は何者かを問う夢だとすれば、認知症の夢は、自分を覚えていてくれる人がいるかという、相手の側の記憶を問う夢です。
祖父母の夢は、祖父母の姿を通して、受け継いできたものや家族のつながりを映します。認知症の夢に出てくる祖父母は、年を重ねて変わっていく途中の姿で描かれ、つながりがこの先も続くかどうかの揺らぎが前に出ます。夢の中の病状は、現実の家族の病状の予告ではありません。
小さく見え始めた親の背中
認知症の夢は、身近な人の老いを、言葉にする前に心が先に受け止めようとしている時の夢と読めます。親の通院に付き添った週や、祖父母の家を片付ける話が出た時、久しぶりに会った家族の歩幅が変わったと感じた後には、夢の中で記憶の揺らぐ場面が描かれます。家族の誰かが病気を告げられたばかりの時期も、この夢の背景の一つです。
親の将来や介護について、兄弟や親族と話し合う予定が近づいている時、心が先回りして夢に置くのは、その話し合いの場面です。自分の物忘れが増えたと感じる時期には、自分が認知症になる夢として、その引っかかりが表に出てくることもあります。
終わりの見えない喪失
あいまいな喪失は、夢について述べるために生まれた言葉ではないものの、この夢の手触りをよく言い当てています。あいまいな喪失とは、終わりがはっきりしないまま続く喪失を指す言葉で、1970 年代の終わりに、行方不明になった兵士の家族を研究していたポーリン・ボスが使い始めました。体がそこにないまま心の中に居続ける形と、体はそこにあるのに心が離れていく形の二つがあり、後者の例として、記憶が少しずつ薄れていく家族が挙げられています。
この言葉を借りると、認知症の夢に漂う戸惑いは、別れが訪れたわけでも、何も変わっていないわけでもない、その中間に置かれた気持ちとして読めます。夢の中で相手が微笑んでいるのに名前を呼ばない場面は、その中間を一枚の絵にしたものです。答えの出ない問いを抱えたまま関係を続けていくことも、この言葉が描く喪失の一つの形です。
入れ替わる世話の向き
認知症の夢に描かれる場面の一つが、世話をする側と受ける側の向きが入れ替わる瞬間です。子どもの頃に靴ひもを結んでくれた相手の靴ひもを、夢の中では自分がかがんで結んでいます。その動作には、恩を返したいという願いと、まだその役目を受け取る準備が整っていない戸惑いの両方が込められています。
介護の夢の中で疲れ果てていたとしても、その苛立ちや涙は役目の重さを正直に描いたもので、相手を大切に思う気持ちを打ち消すものではありません。施設の面会室で一緒にお茶を飲む夢には、離れて暮らす形を選ぶことへの後ろめたさと、それでも会いに行き続けたいという思いが同時に描かれます。家族のもの忘れが現実に気になり始めたら、夢の話を抜きにして、かかりつけの医師に様子を伝えてよいものです。
冷蔵庫に貼られた手書きのメモ
台所の冷蔵庫の扉には、買い物の品や薬の時間を書いた手書きのメモが、何枚も重ねて貼られています。カレンダーに何重にも付けられた丸印と同じく、どれも忘れないように暮らしを支えようとする工夫で、夢の中では、相手が一人で積み重ねてきた時間を物の形にしたものです。
夢の中のメモの字は、親の筆跡にも自分の筆跡にも見えることがあります。二つの筆跡が見分けにくいことは、記憶を支える役目が親から子へ少しずつ渡されていく道のりと重なります。冷蔵庫の扉を閉めると、二枚のメモが同じ磁石で留まっています。