言葉の通じない相手とまだ言葉になっていない自分
イケメンの外国人に手を取られ、言葉は一言も分からないのに、なぜか話が通じています。外国人の夢の中心にあるのは、通じないはずの相手と通じ合ってしまう、その不思議な手応えです。夢の外国人は、どこかの国の人の姿を借りていても、国や人種の性質を語る存在ではありません。自分の暮らしの決まりごとの外側にいる人、つまり自分の中でまだ言葉になっていない感じ方や望みが、人の姿を取ったものです。
同じ言葉を話す相手にではなく、言葉の通じない相手にだからこそ、言えてしまうことがあります。打ち明け話を、親しい友人より旅先で隣り合った人にしてしまうのも、同じ心の働きです。夢の中で外国人と交わした身ぶりや表情は、その言えずにいることの輪郭をなぞっています。
家に来た外国人が運んでくるもの
- 外国人と言葉が通じない - 身ぶり手ぶりで話しかけても、相手は首をかしげるばかりです。空回りする身ぶりは、思いをうまく伝えられないもどかしさや、ちょうどよい言い方を探している途中の気持ちと結び付いています。
- 外国語がすらすら話せる - 習ったこともない外国語が、口からすらすら出てきます。普段は使わない自分の一面に手が届いたような夢の中だけの流暢さは、新しい役割や環境に馴染み始めている手応えと重なります。
- イケメンの外国人が出てくる - 見慣れた好みとは違う顔立ちの外国人が、すぐそばに現れる夢です。顔立ちよりも、その人がまとっていた雰囲気や話す声の調子に、好みの枠の外にある魅力への関心が表れています。
- 外国人の異性と親しくなる - 異国の人と並んで歩き、肩が触れるほどの近さで笑い合う帰り道です。相手の国がどこであったかより、その近さが読みの中心で、いつもの関係の決まりごとから離れてもっと素直に好意を示したい気持ちと重なります。
- 外国人とイチャイチャする - 人前にもかかわらず、外国人の恋人に寄り添って甘えています。言葉を介さない触れ合いは、人目や立場を気にせずに甘えたい、説明抜きで受け止めてもらいたいという願いの形です。
- 外国人に好かれる、告白される - 外国人から、知らない言葉で好意を打ち明けられる場面です。知らない文化の人から選ばれる場面は、自分では気付いていない魅力を、いつもとは別の物差しで見つけてほしい願いと結び付いています。
- 外国人が家に来る - 玄関の呼び鈴が鳴り、扉の向こうに外国人が立っています。靴を脱いで上がってもらった夢は変化を暮らしの内側へ迎え入れる構えと、戸口の立ち話のまま帰した夢はまだ距離を置いておきたい構えと結び付いています。
- 外国人に道を聞かれる - 駅前で地図を広げ、行き先を尋ねてきたのは外国人です。案内の言葉は、知っていることを立場の違う人に分かりやすく渡す役目を指し、うまく案内できない場面には、説明の言葉が見つからない仕事や人間関係のもどかしさが映っています。
- 外国人の友達ができる - 年も国も違う相手と、一つの食卓で笑い合っています。肩書きの外で囲む食卓は、立場の違う相手とも対等に付き合いたい願いや、いつもの集まりでは出せない一面へとつながっています。
- 外国人の子供と遊ぶ - 公園で追いかけっこをしている相手は、言葉の分からない外国人の子供です。言葉より先に通じ合う遊びには、身構えずに人と接していた頃への懐かしさが映ります。
- 外国人と結婚する - 異国の人と並んで受け取ったのは、二人の新しい住まいの鍵です。式よりもその後の暮らしが描かれた夢には、生き方や価値観の違う相手と、違いを抱えたまま暮らしを一つにすることへの期待と不安が同居しています。
- 自分が外国人になっている - 周りの言葉が分からない土地で、自分だけがよそ者になっています。所属している場で浮いている感覚や、新しい場所に溶け込みきれない心細さが、そのまま景色になった夢です。
旅立ちと来訪
知らない人の夢は、顔に見覚えのない人物を通じて、自分の中のまだ見ていない面を映します。外国人の夢もその仲間ですが、言葉や習慣の違いという、はっきりした壁が最初から置かれている点が異なります。相手が誰か分からないだけでなく、分かり合うために越えなければならないものが、はじめから目に見えています。その壁の手前で何をしたかが、この夢を読む手がかりです。
空港の夢や旅行の夢では、自分が荷物をまとめて外へ出ていきます。外国人の夢では向きが逆になる場面があり、異なるものの方が向こうからこちらへやって来ます。家に来る、道を聞かれる、隣に座るといった場面は、自分から変わりに行くのではなく、変化に訪ねて来られる感覚を描いています。
新しい輪に入る前後に現れる異国の人
異国とは、もともと自分の生まれ育った国ではない、よその国を指す言葉です。転職や引っ越し、新しい学校や趣味の集まりなど、勝手の分からない輪に入る前後には、身近な場所までが異国のように感じられ、心はその戸惑いを、言葉の通じない人々に囲まれる場面として描きます。新しい環境に手応えを感じ始めた頃の、外国人と打ち解ける夢も、同じ戸惑いが姿を変えた続きの場面です。
いつもの付き合い方の型に窮屈さを覚えている時や、身近な人には打ち明けにくい好意を抱えている時に見る外国人の異性の夢は、その好意を現実の人間関係から切り離して、安全な場所で味わおうとする心の動きと結び付いています。相手の国が遠く描かれるほど、現実との間に置かれた距離も広く見えます。
カルチャーショックの段階で読む憧れと戸惑い
カルチャーショックは、慣れない生き方や文化に触れた時に感じる戸惑いを指す言葉です。人類学者カレルヴォ・オバーグは 1954 年の講演で、異文化に適応していく過程を段階に分けて示しました。最初の段階では文化の違いがロマンチックに見え、新しい食べ物や暮らしの速さまでが魅力的に映ります。次の段階では言葉の壁が新しい関係づくりの障害になり、孤独や故郷恋しさを感じやすくなります。
夢の話ではありませんが、この段階を夢に当てはめると、外国人とイチャイチャする場面や好かれる場面は最初の段階、違いが輝いて見える時期の心に近いものです。言葉が通じない場面や自分だけがよそ者になる場面は、次の段階の心細さに重なります。寄り添って甘える場面の柔らかさと、一人だけよそ者になる場面の心細さとでは、新しいものとの間に置かれた心の距離が違います。
よその人にだけ見せられる顔 - 異性としての外国人
相手のことをよく知らないほど、人はその空白に自分の望みを書き込みやすくなります。これは投影と呼ばれる心の働きで、相手の中に、自分の中にある感じ方や願いを見てしまうことを指します。夢の外国人の異性は、背景も暮らしも分からない分、望みを書き込む余白の大きな相手です。
その余白に書き込まれるのは、自分の暮らしの中では出しにくい顔です。甘えたい、大胆になりたい、評価を気にせず好きなものを好きと言いたい、といった気持ちです。外国人とイチャイチャする夢や好かれる夢で心が軽くなっていたなら、その軽さは相手の国から来たものではなく、決まりごとの外で動けた自分自身から来ています。身近な誰の前でなら、その顔を少しだけ出せるのでしょうか。
夢の中で、自分は何語を話していたか
夢の中で、自分は何語を話していたでしょうか。そこは曖昧なまま、通じたという手触りだけが残っていることがあります。言葉の中身が消えて手触りだけが残る、その偏りもこの夢らしさの一つです。
その手触りを昼間の誰かとの会話に重ねた時に浮かぶ顔が、夢の外国人が代わりを務めていた相手です。それは言葉を尽くしても届かない相手でしょうか、それとも言葉が少なくても分かり合える相手でしょうか。夢で異国の人の姿を借りていたのは、案外、すぐ近くにいる誰かなのかもしれません。